母親の影響で小学1年次にソフトボールを始め、その後、松戸ボーイズで硬式野球を始める。中学3年時にチームのコーチに勧められ、上手投げから下手投げに転向。
専大松戸高では3年春に県大会準優勝で、関東大会ベスト8。夏は県大会準決勝で木更津総合高に延長13回サヨナラ負け。専修大へ進学、当時身長187cmのアンダースローとして1年時から活躍。2年春には東都大学野球で52季ぶりの優勝に貢献、大学選手権初戦でも救援で5回を投げて勝利投手。
2年夏には韓国光州で開催されたユニバーシアードの日本代表に選出された。同大会では金メダル獲得に貢献。だがエースを任されるようになった3年時から、思うような結果を残せずチームも2部降格を経験。
しかしドラフトを前にした4年秋、監督と投手コーチの指導の下でフォーム改造の末、制球が安定し2部リーグながらも5勝を挙げた。一部リーグ通算39試合に登板、8勝11敗93奪三振、防御率4.17を記録。
その年のドラフトで福岡ソフトバンクホークスから2巡目で指名を受け、11月19日に仮契約を結んだ。契約金は7000万円で年俸1200万円(いずれも推定)。背番号は28。
ブルペンでは2年ぶりぐらいというワインドアップで投げたが、それは決意の表れでもあった。「先発をするならバッターを威圧する意味でも大きく見せないと」と先発起用に備えてであったことを明かす。獲得を希望していた阿部監督も「尊重するよ、本人の希望を」と明言した。
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